スカイプ体験

いままでFのN氏におもしろいよ、といわれていて
サポセンのI氏からも便利!とすすめられたいた。
今日は畑のあと、
さっそくカメラとマイク(2700円なり)を買いに行った。
(我が家のラチチュードにはマイクもない簡素なタイプのパソコン。)
そして、F氏とS氏の助けを借りて
スカイプ体験をしてみました。
おっなかなかいいではないか。


やっぱり、なんでもやってみるもんだね。
以外性があった。便利で使いやすそうなんだ。
まえにメッセンジャーをやったことがあったが
そのときは、すこしうっとうしいものだった。
どこがどう違うのかわからないのだが。


唐突ながら、きょうアンテナに付けさせていただいたブログからの引用。

[真実と言われうるような、確乎とした不動の事実というものは
存在しない]中略、

正しい答えはないが、もし、いくつかある選択肢というものを
冷静に比較考量できる眺めのいい場所といったものがあるとするなら、
俺はその場所に立っていたいと思っているだけである。

インターネット(グーグルで信頼出来る医者さえ探すらしい)、テレビ、
新聞、ラジオどこからも
事実などは得られない。事実らしいものがそこに流されてはいるけれど。
それよりも、みじかなひととひとのつながりのなかに、大事な生きる
意味をくみだす。ひとはひとりでは生きられない。せまく閉ざして
は窒息してしまう。
だが、大量な情報やひとのうずに巻き込まれ流されていても生きられない。
浄土からの風に吹かれながら、大量の情報をかきわけて、
ひととのつながりを育む。
眺めのよい場所とは、仏陀から誘われる場所なんじゃないかと思う。