仏法聴聞

もう人生も晩年といってよいところにきた。
であるのに
土壇場だ。
浄土の教えをもっとはっきりしたい。
そんなおり
岡崎で説教があると知った。
早速いこうときめて
久方ぶりの仏法聴聞に身を浸した。


同体の大悲ということを聞く。
曽我量深師のことばに
ひかれるものがある。
悩み、くるしみ、ばらばらにきりさかれそうな
このわたしに
同体するほとけがまします。
それが法蔵菩薩であると。


苦しみがくるしみでなく、
その苦しみによって切り刻まれることのない
主体として立ち現れるほとけがまします。